はじめに
電気自動車(EV)の魅力のひとつに「静かさ」があります。エンジン音がなく、走行中の騒音も少ないため、都市部や住宅街での快適性は大きく向上します。しかしこの「静音性」が、思わぬトラブルを引き起こしていることをご存じでしょうか。
EVが普及する中で、「静かすぎる車」がもたらす課題が浮き彫りになっています。本記事では、EVの騒音問題を歩行者への影響、交通安全、環境への影響、そして各国で進められている対策を含めて解説します。
EVはなぜ「静かすぎる」と言われるのか?
従来のガソリン車は、エンジン音や排気音が自然と周囲への存在アピールになっていました。ところがEVはモーター駆動のため、低速走行時にはほとんど音がしません。タイヤが路面を転がる音や風切り音はありますが、時速20km程度までは非常に静かで、人間の耳では気づきにくいレベルです。
この静音性こそが快適性のポイントでありながら、同時に「周囲に気づかれにくい車」というリスクにもなっているのです。
歩行者への影響 – 特に視覚障害者にとっての危険
最も懸念されているのは、歩行者への影響です。特に視覚障害者は、車の接近を「音」で判断しています。ガソリン車のエンジン音は重要な情報源ですが、EVではそれが欠如するため、接近に気づくのが遅れる危険性があります。
国際的にもこの問題は早くから指摘されており、アメリカや欧州では「EVには人工的に音を出す装置(AVAS: Acoustic Vehicle Alerting System)の搭載を義務化」しています。日本でも2020年から新型EVに装着が義務化され、一定速度以下では擬似的な走行音を発するようになりました。
子どもや高齢者にも影響
静かすぎるEVは、子どもや高齢者にとっても危険です。子どもは遊びや歩行中に車の接近に注意を払えない場合があり、音がなければさらに気づきにくくなります。高齢者は聴力や反応速度が低下しているため、車の接近に気づくのが遅れて事故につながる可能性があります。
住宅街や学校周辺など、人の往来が多いエリアでは「静かすぎる車」はむしろリスクとなり得るのです。
自転車やバイクとの接触リスク
歩行者だけでなく、自転車やバイクとの関係でも問題が生じます。従来、ライダーやサイクリストは「エンジン音を頼りに車の接近を察知する」ことができました。しかしEVは静かなため、横から突然現れたように感じられ、ヒヤリとする場面が増えています。
特に交差点や駐車場など低速で走るシーンでは、EVの「無音性」が逆に事故リスクを高める可能性があります。
都市環境における静音性の功罪
もちろんEVの静かさにはメリットもあります。都市部では騒音公害の軽減につながり、住環境の改善や睡眠の質向上に寄与することが期待されています。深夜の配送や住宅街での走行では「静かさ」が歓迎されるケースも多いです。
ただし「静かすぎることによる事故リスク」と「騒音低減による生活の質向上」のバランスをどうとるかが重要な課題です。
各国で進む対策:AVASの義務化
前述のとおり、国際的にはEVに人工音を付与する取り組みが進んでいます。
- EU:2021年7月以降、すべての新型EVにAVAS搭載を義務化。
- アメリカ:NHTSAが低速走行時の音発生を義務化。
- 日本:2020年から新型EVに義務化。時速20km以下で音を発生させる装置を装備。
この人工音は、エンジン音を模倣したものや未来的な電子音など多様ですが、「人間が直感的に車の接近を認識できること」が重視されています。
メーカーごとの工夫
自動車メーカーはAVASの音作りに力を入れています。
- 日産リーフでは「未来的な電子音」を採用。
- ホンダeでは「柔らかく耳障りでない音」を追求。
- 海外メーカーでは、音響デザイナーを起用して「ブランドの個性を反映した音作り」を行う例もあります。
静かさを保ちつつ、安全性も確保するための試みが続けられているのです。
ドライバーや企業ができること
技術的な対策に加えて、利用者側の意識も重要です。
- 徐行時は特に注意:駐車場や住宅街では「静かで気づかれにくい」ことを意識して走行。
- 歩行者とのアイコンタクト:横断歩道や狭い道では、音に頼らず視線で意思疎通。
- 企業のフリート管理:営業車や配送車としてEVを導入する企業は、ドライバー教育に「静音リスク」を含めることが必要。
まとめ
EVはその静音性によって、快適で環境に優しいモビリティを実現しました。しかし一方で、「静かすぎるがゆえに気づかれない」という新たなリスクを生み出しています。歩行者や自転車にとっては命に関わる問題であり、各国が義務化する人工音の導入はその解決策のひとつです。
今後はメーカーによる音作りの工夫、インフラや規制の整備、そして利用者の意識が三位一体となって取り組むことが求められます。EVが安全で快適な存在として普及するためには、「静かさ」と「気づかれやすさ」の両立が欠かせないのです。
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