「トヨタはEVに遅れている」「日本の自動車産業は電動化で出遅れた」——こうした批判を豊田章男会長(当時社長)は一貫して否定してきました。2024年に入り、世界的なEV販売の減速とハイブリッド需要の急拡大により、トヨタの戦略が「先見の明」として再評価されています。しかし、この戦略の背景には何があったのでしょうか。

データソースについて
本記事では以下の信頼性の高い情報源を使用:
- トヨタ自動車公式発表・決算説明会資料
- 豊田章男会長の公式発言(トヨタイムズ・記者会見)
- 業界統計・市場データ(公的機関・業界団体)
- 技術特許情報(特許庁データベース)
トヨタの「EV消極論」の真相
豊田章男会長の一貫した主張
豊田章男会長は2024年1月の講演で「いくらBEVが進んだとしても、市場のシェアの3割だと思う。残りの7割はHVや燃料電池車、水素エンジン車などになる。エンジン車は必ず残ると思う」と発言しました。
この予測の背景には、地域別のエネルギー事情や社会インフラの現実的な制約があります。トヨタは単純な「EV=環境に良い」という図式ではなく、エネルギー源から車両まで含めたライフサイクル全体での環境負荷を重視する立場を取っていました。
「電動化≠EV化」という技術的視点
豊田会長は2020年12月の日本自動車工業会の懇談会で「電動化=EV(電気自動車)化という誤った認識によって日本の自動車産業がギリギリのところに立たされている」と懸念を表明。この発言は当時「時代遅れ」として批判されましたが、現在の市場動向を見ると先見性があったことが分かります。
ハイブリッド戦略の技術的基盤
THSの革新性と特許戦略
トヨタのハイブリッド技術の根幹である「THS(TOYOTA Hybrid System)」は1997年初代プリウスに採用され、2003年に「THSⅡ」へと進化しました。このシステムは発電用、駆動と回生を担う2モーターを使うシリーズパラレル式ハイブリッドで、モーターのみで走行できる範囲が広く、フルハイブリッド(ストロングHV)とも呼ばれています。
特許開放戦略の真意
2019年、トヨタはモーター・PCU(パワー・コントロール・ユニット)・システム制御等の車両電動化関連技術について、保有している特許実施権を無償で提供すると発表しました。
この戦略の背景には:
- 技術の標準化促進: 業界全体でのハイブリッド普及
- サプライチェーンの拡大: デンソーやアイシングループを筆頭とする有力サプライヤーによるシステム供給
- 競争優位性の確保: 20年以上もリアルな市場でもまれてきたTHSは信頼性や耐久性の面で他の追随を許さない実績
市場データが証明するトヨタの先見性
2024年の市場動向:「豊田予測」の的中
米国では2024年に入り、EV不振がさらに鮮明化・定着化している。EV各社は赤字や収益率低覚悟の値引き、毎年2月の国民的スポーツイベントであるNFLのスーパーボウル中継への広告出稿、さらに廉価モデルの市場投入などテコ入れを図っているが、販売の減速が止まらない状況です。
対照的に、トヨタ自動車では2024年度第1四半期(4~6月)の時点で、新車販売に占めるHEVの割合が40.0%に達したという実績を記録しています。
世界的なハイブリッドシフト
2024年1~6月期、世界の自動車産業の構図はやや変化した。米テスラの販売は減速傾向が鮮明化し、それとは対照的に、中国勢のEVメーカーは相応の好調さを維持している。また、ハイブリットに強いわが国自動車メーカーの米国販売は増えた状況となっています。
EV戦略の転換:現実的な目標設定
投資計画の現実性
トヨタは2021年12月のバッテリEV戦略説明会で、2030年までに30車種のBEV投入を表明し、xEV(電動車)への投資総額を8兆円と発表しました。しかし、数年分の営業利益をつぎ込む投資規模という現実を踏まえ、慎重な戦略を取っています。
目標の下方修正と現実対応
2023年度のEV販売実績は11.7万台で、2024年度も第1四半期の実績を基に単純計算すると17.2万台程度にとどまる見込み。EVのラインアップを徐々に増やしてはいるが、販売は振るわない状況を受け、トヨタは現実的な目標設定への転換を行っています。
技術開発の歴史的経緯
ハイブリッド技術の長期開発
トヨタのハイブリッド開発は実は古く、1960年代後半までハイブリッド車を開発し、その当時に試作されたのが「トヨタ スポーツ800」に搭載されたハイブリッドシステム。ガスタービンエンジンを実用化するための研究として取り組んだが、当時はモーター、インバーター、そして電池の課題に対し解決技術が成熟してなかったため開発は断念した歴史があります。
この失敗体験が、電動化技術に対する慎重かつ現実的なアプローチの基盤となっています。
ハイブリッド戦略の「光」と「影」
「光」:市場での勝利
技術的優位性:
- 20年以上の市場実績による信頼性
- 世界標準となったハイブリッド技術
- PHV、EV、FCVなどさまざまなタイプの電動車開発に応用できるコア技術
市場的成功:
- 世界的なハイブリッド需要の急拡大
- EV市場混乱時の安定した成長
- サプライチェーン全体での競争優位
「影」:批判と課題
対外的な批判:
- 環境団体からの「消極的」評価
- 投資家からの「時代遅れ」という懸念
- 政策的な電動化推進との軋轢
戦略的リスク:
- EV技術開発での出遅れリスク
- 中国市場でのローカル企業との競争激化
- 規制変更による急速な市場変化への対応
結論:戦略的先見性の評価
データが証明する正当性
2024年の市場データを見る限り、豊田章男会長の「EV3割、その他7割」という予測は現実味を帯びています。重要なのは、トヨタが「EVアンチ」だったのではなく、「電動化の多様性」を重視していた点です。
技術的基盤の重要性
トヨタはハイブリッド技術を「21世紀の環境コア技術」と位置付け、各種エコカー開発に必要な要素技術を含み、様々な燃料と組み合わせることができるとしています。この技術基盤があったからこそ、市場の変化に柔軟に対応できています。
今後の展望
トヨタのハイブリッド戦略は「消極的な EV対応」ではなく、「包括的な電動化戦略」として再評価されるべきでしょう。地域別のエネルギー事情、インフラ整備状況、消費者ニーズの多様性を考慮した現実的な戦略として、その先見性が証明されつつあります。
技術的な蓄積、市場での実績、そして長期的な視点——これらがトヨタのハイブリッド戦略の真の価値であり、単純な「EV vs. ハイブリッド」という対立構造を超えた、より成熟したモビリティ戦略の提示といえるでしょう。
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